K‘s DREAM next

日々思ったことを書いています。 その日あったことや趣味のことや時事ネタとかこれ!って型にはめずにいろんなことを書いていきます。

4月24日・金曜日 【あーだこーだ43:師匠と弟子】

こんばんわ。4月24日・金曜日の書き込みです。

立ち飲みに行って、帰ってから家で飲んでたらいつの間にか寝てました。

起きたらさっき。

ということで、とっくに日が変わって朝になってしまいしたが、4月24日・金曜日分の目次です。

【鉄道トピックス】

近鉄:特急列車前売り発売開始日を1週間前に変更

新型コロナウイルス感染拡大の状況を踏まえて、通常1か月前からの発売だった特急列車の発売日を当分の間、1週間前に変更となります。

1か月先の社会情勢が見通せないことから、購入される方へのご迷惑軽減が目的。

5月23日(土)に運転される特急列車の前売り発売分から適用となり、5月22日(金)までの特急列車については通常通り、1か月前の10:30からの発売となります。

詳細)https://www.kintetsu.co.jp/all_news/news_info/20200421rw.pdf

大阪モノレール:休日ダイヤを減便実施

新型コロナウイルス感染拡大防止により利用者の状況を踏まえて4月25日(土)~5月6日(祝)までの休日(土・日・休日)における一部列車が減便となります。

本線(大阪空港~門真市)は概ね16時~18時台の一部ダイヤを減便して10分間隔に。

彩都線は概ね15日~16時の一部ダイヤを減便して20分間隔で運行されます。

詳細)http://www.osaka-monorail.co.jp/info/news-471.html

 

以上、今日のトピックスでした。

【あーだこーだ43:師匠と弟子】

自分の思ったことをあーだこーだ書く“あーだこーだ”。

今回は「師匠と弟子」です。

 

いろんな世界で師匠と弟子ってもんが存在すると思います。

真っ先に思いつくのは芸の世界でしょうか。

有吉弘行が巨人師匠の弟子やったとこないだしったw

 

競馬の世界でも師匠と弟子ってもんが存在していました。

調教師(師匠)と所属騎手(弟子)の関係。

所属しているからって必ずしも師匠と弟子の関係ってこともないですが・・・・

 

ちょうど自分が競馬を知ったのは1994年、ナリタブライアンの3冠あたりから。

そのころはまだ師匠と弟子のつながりってのはまだ普通にあったように思えます。

渡辺-角田

鶴留-池添

自分が応援してた騎手がその感じが強かったてのもあるんかもしれませんが、それが当たり前と思ってて、その考えはいまでも強く持っています。

 

どの先生か忘れましたが、所属騎手に騎乗させるのを嫌がった馬主に対して

“自分のところはこの騎手を主戦で乗せている。それが嫌なら別のところに預けてくれ”。と言った話。

当時は馬主よりも調教師の方が力関係では上ってことだったんでしょうね。

弟子としてはほんとありがたい師匠だったかと思います。

 

それがいつぐらいから崩れていったのでしょうか、今の競馬界。

馬主の方が力が上になって、調教師が馬主のかばん持ちをしてしまうほど。

(聞いた話なんでどの調教師かは書けませんがw)

外国人騎手をどんどん連れてきては乗せる。

(どの馬主系とは書きませんがw)

そりゃ師匠と弟子の関係を構築する余裕はなくなりますわ、今の調教師には。

 

この師弟関係で自分はいい話やなぁって思ったのは戸山為夫調教師とサダさん(小島貞博騎手)。自分が競馬を知る少し前ぐらいに戸山先生はお亡くなりになられて、実際にそのコンビでの活躍ってもんを生で見たことはありません。

有名なのはミホノブルボンですか。

 

そして戸山厩舎解散で引退を考えたサダさんに手を差し伸べたのが鶴留先生。

ぞえのデビューまではサダさんが鶴留厩舎の主戦騎手でした。

チョウカイキャロルタヤスツヨシ

鶴留先生って騎手を育てることに熱心だったそうです。

兄弟子渡辺先生ところの角田、そしてぞえ。

渡辺先生にしても鶴留先生にしても、武田門下(武田文吾厩舎)だけあって、人間関係を重視した先生だったんでしょうね。

渡辺先生のところが解散してスイープが鶴留先生のところにきて、それまで乗ってた角田からぞえにスイッチしたときは自分的になんとも言えん気分でしたけどねw

角田ファンの方としては乗せてくれると思ってたのに、、、って方もいらっしゃって、渡辺先生の弟子は角田であって、鶴留先生の弟子は池添っていう師匠弟子の世界をそれまで見てきてよく知ってるのは角田ファンの方々も同じでしょうと、当時書いたことを覚えています。

 

こんな感じでバクチってもんよりも厩舎サークルの師弟関係から生まれるいい話ってのも好きで競馬を見続けていてたのもあるんで、だんだんと競馬が面白くなくなりましたね。

佐山先生の引退はキッパリと競馬場通いをやめるいいきっかけやったかと。

おそらく師匠弟子の関係が重要視されるような競馬界は今後あまりないだろうと思っています。

師匠-弟子の関係があった競馬界を見てたもんとして、なんか寂しいですけどね。

競馬界にもいい師弟関係があったんですよ、、、と思ったんで今日のあーだこーだで書いてみました。

 

調教師に転向されたサダさん。 残念なことになってしまいましたが転向されたときの優駿インタビューでこう語りました。

「馬が走るのはもちろんですけど、人づくりの面もいつも頭に入れておきたいですね。余裕ができたら、騎手を育ててみたいと思っています」

【やんスポ】

<今日のねこさん>

パ公式戦 L-Bs 中止

イ公式戦 L-M 中止

<土曜の池添さん>

[福島]

 2R ヤマカツパトリシア

 6R ホッコーアカツキ

 9R ヴァルドワーズ

11R エスポワール

さて、JRA全10場重賞制覇まであとは福島競馬場だけとなっているぞえですが、今日のメイン・福島牝馬ステークスエスポワールで騎乗します。

現時点では1番人気です。 さてどうなるのやら??

 

ちなみに今までの成績はこちらとなります。

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【鉄ネタ+】

toyokeizai.net

前代未聞の全特急運休も…コロナで鉄道大打撃 | 特急・観光列車 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

そもそもゴールデンウィーク期間中は帰省するな、外出するな(by政府)なんやから、この数字になるのは当然のことかと。

それに合わせて本数を調整するしか今は方法ないんかなぁと。

その点、九州の全特急列車運休は英断だと自分は思う。

収入面の影響は大きいと思うけれど、移動手段を少なくすればその分、移動する人も少なくなるやろうか。 短期で片をつけるにはこれほどの対策が必要。

【今日のハングル:똑같네요】

안녕하세요(アニョハセヨ)

今日もハングルの単語を学んでいきましょう。

 

今回は“똑같네요”です。

読み方は“TO(K)KA(N)NEYO”「トッカンネヨ」

「寸分たがわない」「そっくりだ」「全く同じだ」という“똑같다”「トッカッタ」に

「~ですね」という“네요”「ネヨ」が合わさって「同じですね」という意味になります。

(“똑같다”のパッチム激音ティウッは“네요”の鼻音“네”と合わさって鼻音化。「ッ」が「ン」の発音になります)

“같네요”「カンネヨ」でも「同じですね」という意味になりますが、副詞の“똑”「寸分の間違いなく」の言葉と使って“똑같네요”とすると、より強調した表現となります。

<나와 너의 서울>

www.konest.com

ソウルの新スポット!梨泰院近くに「GOURMET494」がオープン | NOW!ソウル|韓国旅行「コネスト」

漢南大橋への大通りに面したとこですね。

ギャラリア系が運営ってことはそうとうセレブ感がすごいんかなぁと。

(狎鷗亭のギャラリア東館地下に相方と二人で行って驚いた経験ありw)

フードコートって一人でも気軽に食べにいけるんで、そういうのが増えるのはありがたいことです。

【明日は何の日1:わが国初の官許種痘館】

日付感覚がおかしくなっているのは昨日の分で4月25日分を書いてしまいました。

ということで、今日は昨日の分4月24日の“何の日”です。

 

4月24日 “わが国初の官許種痘館” 1858年(安政5年)

ジョンナーが種痘の方法を発明したのは1796年。そのわずか53年後の1849年(嘉永2年)、適塾で有名なあの蘭学医・緒方洪庵船場の古手町(今の道修町)の貸家で、長崎から運ばれてきた牛痘のタネ(かさぶた)を子供に移植しました。そしてこの家を“除痘館”と名付け、無料で接種を始めました。

が、あんなもん植え付けられたら牛になってしまう、とデマが流れ、当初除痘館へ寄り付くものはいませんでした。やっと、世間も認め、幕府も認めたのは9年後のこと。

1858年(安政5年)のこの日、除痘館は瀑布から日本最初の官許を得ました。すなわち、本格的な予防接種も、大阪が元祖ということになります。

この時、洪庵は49歳。2年後の1860年(万延元年)尼崎町1丁目(今の中央区今橋3丁目)に新しい除痘館を建て、そちらに移転します。洪庵が没したのは1863年(文久3年)6月10日で54歳でした。

世界保健機関(WHO)が「地球上から天然痘は根絶された」と発表したのは1980年。洪庵が除痘館を開いた年から数えて、131年になります。

東方出版 大阪三六五日事典 和多田勝氏著>

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道修町にある除痘館発祥の地の碑

【明日は何の日2:花見行楽の取り締まり】

4月2日 “花見行楽の取り締まり” 1941年(昭和16年)

第二次世界大戦が勃発したのは1939年(昭和14年)。日本でいえば、日中事変の真っ最中。この年、「興亜奉公日」が設けられ、毎月1日は歓楽街のネオンが消され、酒類の販売も禁止。同じく7日の日も「戦場を偲ぶ日」としてバー・カフェは休業。

8月からは百貨店、食堂の酒も一人1合に制限されました。

1941年(昭和16年)になると一般家庭で飲む酒も配給制となって通帳が必要となりだします。そんな時世のこの日、大阪府保安課では次のような花見時の風俗営業取締方針を出しました。

一、露天並びに仮設の飲食店掛茶屋は従来からの店は許可するが、新規の店は認めない。芸妓、酌人、女給の出張サービスもダメ。

一、行楽客が持参の酒を桜の下で飲むのはいいが、店へ持ち込むことは業者の違反行為を誘発するので禁ず。

一、照明灯は交通保安上最小限度は認めるが、単なる店の宣伝、装飾灯は駄目。時局に便乗した何々記念、何々祭等の華美な飾りつけも。

その他、享楽的団体も自粛抑制さす・・・・

云々というもので、これではまるで盛りあがらない。息が詰まりながらの花見の宴となりました。

東方出版 大阪三六五日事典 和多田勝氏著>

【4/24 気になったyahoo記事】

headlines.yahoo.co.jp

大型連休、自粛で静かなスタート 乗車率0%の新幹線も(共同通信) - Yahoo!ニュース

乗車率0って動かすだけでマイナスやんw

鉄ネタ+でも書いたけれど、長距離定期列車の運転本数を減便した方がいいと思うけれど、もう遅いんやろうかね。

そもそも都道府県をまたぐ移動も自粛ってことなんやから、利用者は減るんだし。

【今日のほぼ日 日々の言葉】

古典とは、私たちにとって何でしょう? それは単なる情報、知識ではありません。

人生を深く見つめるヒントであるとともに、生きる意欲を与えてくれる体験そのものだと思います。

本来の教養とは、そういうものではないでしょうか。

いまを生きる私たちに勇気と力を与えてくれる

共感の源(みなもと)である、と思うのです。

-河野通和氏が『ほぼ日の学校長だより』の中で

 

[4月1日]

じぶんが生き生きとしたうれしさを感じたり、

人によろこばれたりすることには、

ものすごくたくさんのやり方がある。

ものすごくたくさんのやり方があるのは素敵なことだ。

糸井重里氏が『今日のダーリン』の中で

 

朝になってしまいましたが明日もみなさんにとっていい一日になりますように・・・・・

おやすみなさ~い。